2020年2月21日
龍谷大学
龍谷大学理工学研究科の大学院生 平石 優美子らが
ジュゴンの「環境DNA」を定量する
PCRプライマーセットを開発
龍谷大学理工学研究科の大学院生・平石優美子(ひらいしゆみこ)は、同・丸山敦(まるやまあつし)准教授、山中裕樹(やまなかひろき)講師、沖縄県環境科学センター・小澤宏之(おざわひろゆき)博士、鳥羽水族館・若井嘉人(わかいよしひと)副館長らとの共同研究として、ジュゴンが体外に放出したDNA(環境DNA)を特異的にPCR増幅して定量するためのプライマーセットを開発・検証しました。これによって、沖縄などの潜在的なジュゴンの生息域において、海水をすくって分析するだけで、ジュゴンの存否が確認できる可能性が示されました。地域絶滅が危惧されるジュゴンの分布やその変化を速やかに把握する上で、非常に有効な新手法になると期待されます。
研究成果の要約
▷ 環境DNA分析は、水中に放出されたDNA断片を検出して水生生物の分布を調査する新手法であり(2010年〜)、龍谷大学理工学部が世界に先駆けて分析法の確立に貢献してきた技術である。
▷ 海棲哺乳類ジュゴンは、沖縄県で地域絶滅が危惧されており、分布調査が難航している。
▶ 今回、ジュゴンのDNAを増幅・定量することに特化したPCRプライマーセットを開発した。
▶ 開発したプライマーセットを用いてPCRテストを行ったところ、期待通り次の2点が確認された。
① ジュゴンの人工合成DNA、毛根、糞、飼育水から抽出したDNAは、すべて増幅が確認された。
② 近縁種マナティーの人工合成DNA、飼育水から抽出したDNAは、増幅が見られなかった。
▶ 開発したプライマーセットを用いた環境DNA分析は、現場では採水・保存するだけで分布調査が出来るため、多地点での同時調査が容易になり、ジュゴンの生活範囲をより詳細・迅速に確認できると期待される。
<研究の背景>
「ジュゴン」は、インド洋、西太平洋、紅海の沿岸部に分布する海棲哺乳類であり、日本ではかつて沖縄県の八重山地域から沖縄本島周辺までの広い範囲に生息していた記録がありますが、現在は沖縄本島周辺にわずかに生息していると考えられています。沖縄県内における生息個体数は、明治時代以降の漁獲などで減少し、現在はわずかであると推定されています。そのため、環境省や沖縄県のレッドリストでは「絶滅危惧ⅠA類」に指定されるなど、地域絶滅が危惧されています。これまでに、沖縄本島とその周辺を対象に、航空機調査やマンタ法による海域調査、近年では漁業者による喰み跡のモニタリング調査など、分布把握を目的とした調査が継続的に実施されています。本年度の3月には、沖縄本島で雌成獣が死亡し、個体数が極めて少ない沖縄のジュゴン個体群への影響が危惧されます。一方、2018年に環境省が実施したヒアリング調査では、八重山地域などでも近年のジュゴンの目撃事例があることが報告されています。
ジュゴンは海棲種でしかも個体数が限定的であるため、その分布状況を把握するためには、航空機調査や海域調査等、相当の労力が必要となります。そこで本研究では、ジュゴンの分布域の解明に向けた新たな手法として、近年注目されている環境DNA分析による手法に着目しました。
「環境DNA分析」とは、生物が環境水中に放出するDNA(環境DNA)を検出/定量することで、対象種の存在/生物量を把握する手法です。2008年に発表された新しい手法で、龍谷大学が中心的な役割を担って分析技術の向上に努めてきました。この手法では、調査現場に専門家が不在でも採水・保存するだけで後日の分析が可能なため、多地点での同時調査を容易に反復することができる点で、従来法よりも優れると考えられています。また、捕獲せずに分析試料が採取できるため、絶滅危惧種への適用にこそ最適だとも考えられています。これまで、両生類、魚類、哺乳類など、さまざまな脊椎動物への応用が報告されています。
<研究の結果>
今回の研究では、まず、インターネット上に登録されているジュゴンのDNA配列情報をもとに、ジュゴン由来のDNA断片(環境DNA)だけが増幅されるようにプライマーセットを設計しました。プライマーセットとは、人工的にDNAを増幅させる反応(PCR)において、連鎖反応を始めさせるためのDNA断片であり、これと配列がピッタリ合うDNAがないとPCRは進みません。今回のプライマーは、ジュゴンだけが持っているDNA配列を狙って設計しました。したがって、このプライマーを使ってPCRを行えば、ジュゴン由来のDNAが存在する場合にのみDNAが増幅されるため、ジュゴン由来のDNAが(どれだけ)あったかが分かるのです。
次に、設計したプライマーが本当にジュゴンのDNAのみを増幅させることを検証しました。検証に用いたのは、人工合成したジュゴンと同じ配列のDNA断片です。さらに、国内唯一(世界でも他に1頭のみ)の飼育個体である、鳥羽水族館の雌ジュゴン「セレナ」からも、毛根、糞、飼育水を貰うことができました。これらの試料からもDNAから抽出してPCRを行ったところ、すべての試料でDNA増幅が確認され、設計したプライマーには、ジュゴンの組織DNAや環境DNAを増幅する能力があることが確認できました。
一方で、ジュゴン以外の動物のDNAが増幅されないこと(特異性)も確認しました。ジュゴンは1科1属1種なので、もっとも近縁なのは別科のマナティー3種です。マナティーの人工合成DNAおよび飼育水から抽出したDNAに対してPCRを行ったところ、期待通り、増幅は見られませんでした。このことは、開発したプライマーセットを用いたPCRが、ジュゴンの糞や生息場所の水に対して有効である一方、近縁種が共存していることで偽陽性(いないのに「いる」と判定すること)が生じる可能性は極めて低いといえます。
沖縄周辺海域のジュゴンの分布解明に環境DNA分析を活用することは、生態情報の乏しい国内ジュゴンの保全を考える上で非常に有効な手法になると考えられます。たとえば、航空機調査や潜水調査などの調査を補う形で、行動域の新発見や消失の確認ができるでしょう。今後、沖縄周辺海域のジュゴン個体群の生態解明で重要となる分布域の推定に向けた取り組みへの応用などが期待されます。
■ 発表論文 ■
題目:海棲哺乳類ジュゴンの環境DNAを定量するためのプライマーセットの開発
著者:平石優美子(龍谷大学理工学研究科・大学院生)
丸山 敦(龍谷大学理工学部・准教授)、山中裕樹(龍谷大学理工学部・講師)
小澤宏之(一般財団法人 沖縄県環境科学センター)
若井嘉人(株式会社 鳥羽水族館)
掲載先:保全生態学研究 (一般社団法人 日本生態学会) 25号1巻(2020年5月に印刷版を発刊)
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/hozen/advpub/0/_contents/-char/ja
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February 21, 2020 at 09:48AM
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