■ヒトラーに例えるということ
髪は刈られ目隠しをされた人たちが、次々に列車に載せられていく。中国国内のもので、連行されているのはウイグル人だとされる動画がネット上で拡散され、英国メディアBBCはこの動画を駐英中国大使に突き付けて説明を求めた。7月19日のことだ。
司会者は「西側の情報機関がウイグル人を輸送している場面だと認めた」と述べているが、真偽は不明だ。だが司会者は「こうした映像を見て欧米の私たちが連想するのは1930年代のドイツで起きた一連の出来事です」と述べている。つまり、ナチスによるユダヤ人の強制収容所送りを連想すると非難しているのだ。中国共産党がナチスなら、習近平はヒトラーに相当することになろう。
安倍晋三、山本太郎、橋下徹、小沢一郎、菅直人……。彼らの共通点は何だろうか。実は、いずれもヒトラーに例えられる、あるいはヒトラーになぞらえて批判されたことのある政治家である。
その理由としては独裁的、独善的に見える振る舞い、異論に耳を貸さない態度、国民の権利を押さえたいと思っている、国民に嘘を言っても屁とも思わないなど、論者によってさまざまな要素が挙げられるが、一番大きなものは「大衆扇動的である」という点だろう。特に山本氏、橋下氏はその演説の饒舌ぶり、聴衆が思わず引き込まれる話しぶりがヒトラーに例えられる。中には、否定的な意味ではなく「ヒトラーになれる」と評するもの(石原慎太郎による橋下評)まであった。
そもそもヒトラー的に見える手法の一部が重なっているからといって、その人物を「現代の・日本のヒトラーだ」と批判すること自体が、あまりに安易であり陳腐化しているといえる。ヒトラーやナチスはこれを出されたら評価の余地はない絶対悪のカードだ。もちろん、危機の端緒を敏感に感じ取って警戒を鳴らすのは時に必要だが、そうした最凶のカードも「ここぞ」というときに出すのでなければ、効果は薄まっていく。日本中、政界中あらゆるところにヒトラーがいるという話になりかねないからだ。
■改憲発議もできないのにヒトラー?
2016年3月に「報道ステーション」が報じた「特集 独ワイマール憲法の“教訓”」は大きな話題を呼んだ。自民党が憲法草案に「緊急事態条項」を盛り込んだことを、ドイツのワイマール憲法にある「国家緊急権」と重ね、これを利用してきたナチス・ヒトラーと自民党・安倍晋三を重ね、「危険だ」と告発する内容だった。この放送は同年度の「ギャラクシー賞・大賞」(放送批評懇談会)を受賞した。
改憲派の筆者としては歴代最長政権をもってしても憲法9条改正の発議すらできないのに何がヒトラーか、と言いたくもなるのだが、いずれにしろこうしてヒトラーという絶対悪のカードを切り、視聴者の思考を停止させ、改憲を阻止しようというのが番組の意向だったわけである。
歴史の安易な引用は本質を見誤ることにつながる。一致するところだけを見れば、かなり幅広い範囲でヒトラーを絡めて論ずることができるからだ。例えば、今回の新型コロナウイルス禍で緊急事態宣言やロックダウンという「強権発動」を求める声は多かったが、そこに「われわれ自身の中のヒトラー(を求める声)」を想起することもできるのだ。
■ヒトラーと習近平3つの共通点
そうしたことに留意したうえで、あえて現代の「ヒトラー的」人物を挙げるなら、冒頭でも指摘した通り中国の習近平国家主席を置いて他にはないだろう。これすら珍しいたとえではないし、国際政治に目を向ければプーチンはもちろん、文在寅までがヒトラー的と言われる昨今だ。だが日本の政治家たちがその“手法”をヒトラー的と指摘されてきたのとは違い、習近平は国民を動かす“理念”がヒトラーと一致している点に注目したい。
具体的に三点を挙げよう。
①「国家の歴史上の屈辱」を動機とする失地回復を正当化する。
②「偉大なる中華民族の夢」の実現を国民に認識させる。
③特定の民族を根絶やしにする「絶滅思想」を持ち、しかも実行に移している。
第1次大戦後に台頭したヒトラーは、第1次大戦で敗北し、多大な戦後賠償を背負わされたドイツ人の「屈辱」に訴えかけ経済回復と失地回復を唱え、「偉大なるアーリア人」という人種思想を吹聴し、優れた人種である自分たちこそが世界を征服すべきだと述べ、"劣った"人種でありながらアーリア人を侵食しかねないユダヤ人を差別するどころか、絶滅を企図し実行した。
こうしたヒトラーの性質が、習近平とぴたりと一致するのである。
もちろんこれも、「一致するところをあえて指摘した」ものであり、①や②については多かれ少なかれ、国民国家が国民に対して共同体としてのまとまりを形成するために使う論理だ、ともいえるだろう。だが③についてはどうか。ヒトラーの行状の中でも最も悪名高いユダヤ人絶滅と同じ施策を、中国は現在進行形で行っているのである。
■習近平によるウイグル人の弾圧
かねてウイグル人に対する弾圧や迫害は当事者からの告発の形を含め、日本でも伝えられてきた。世界ウイグル会議議長を務め『ウイグルの母ラビア・カーディル自伝中国に一番憎まれている女性』(ランダムハウス)などの著者があるラビア・カーディル氏もたびたび日本を訪れ、自身やウイグル人に対する中国の仕打ちを日本社会に訴えてきた。
2008年、2009年には「ウイグル騒乱」と呼ばれる反政府活動が活発化。当局の施策に対する不満からこうした現象が起きる時点で弾圧は強まっていたわけだが、当時はまだ「事件を起こさせる」余地があったともいえる。2012年に習近平が国家主席になってからは、よりシステマチックでえげつない弾圧が行われるようになった。
2013年にはウイグル人とされる犯人が、中国当局から「分断・独立を企図するテロ組織」と指定されている「東トルキスタン・イスラム運動」の指示で天安門に車両で突っ込んだ、とされる自爆的テロ的な事件も発生した。この事件はウイグル人弾圧の口実としたい当局による自作自演という指摘もあり、そうであるならばいよいよナチスドイツの「国会議事堂放火事件」を連想せざるを得ない。
■日本、アメリカでもウイグル弾圧への関心が高まる
2000人から3000人ほどいるといわれる在日ウイグル人や、日本に帰化した元ウイグル人らも、折に触れて窮状を訴えてきた。だが、大手メディアで大々的にウイグルの惨状を取り上げるようになったのはつい最近のことだ。
アメリカでも、いわゆる「人権派」による中国のウイグル弾圧を非難する声はそれほど大きなものではなかった。
だがここへきて、「中国の真の姿」をようやく目の当たりにしたのか、アメリカでもウイグル人に対する圧制への注目が高まっている。今年6月には米国議会で「ウイグル人権法」が成立。ウイグル自治区を治める中国高官ら4人の資産凍結などを行う決定を下した。駐日アメリカ大使館の公式ツイッターも、中国当局によるウイグル人迫害を非難する動画や、ウイグル系米国人弁護士を紹介するなど、中国非難の度合いを強めている。
このように、「巨悪=ナチス」であり、ナチスドイツのファシズムと戦って勝ったことが第2次世界大戦の功績として国家の功績とみなされているアメリカでも、ようやく中国でヒトラーの悪事に匹敵する事態が行われていることが広まりつつある。
■中国の「人道に対する大罪」を見過ごしてはいけない
その最大の理由は、ユダヤ人収容所を連想させるウイグル人収容施設の存在だろう。かねて中国当局は「中国語を教え就職支援をするため」などと施設の目的を語ってきたが、ウイグル人関係者は「宗教を捨てさせ、中国色に染め上げる虐待洗脳施設」だと批判してきた。関係者からもたらされる内部の情報はにわかには信じがたい、筆舌に尽くしがたいものだったが、近年はこうした施策が報道にも載るようになってきた。
それどころではない。まさに「ヒトラーのユダヤ人絶滅政策」に匹敵する事態も報じられている。『NewsWeek』オンライン版によれば、中国当局はウイグル人女性に避妊手術を強制し、民族の絶滅計画をいままさに実行している最中なのである。少し前までは「ウイグル人男性は安い労働力でこき使われ、ウイグル人女性は漢民族と半強制的に結婚させられ、文化的、あるいは民族的に消されつつある」と言われていたが、より反人権的な政策に及んでいるのである。
もちろんアメリカとて、人種差別問題を抱え、さらにはアブグレイブ刑務所での捕虜虐待など、人権の面から強く批判されてしかるべき行いをしてきたことは確かだ。だが、それをもって中国の行状を見過ごす理由にはならない。どちらも批判しなければならないのだ。
かつて日本はナチスドイツの行状を把握できず、同盟を組んでしまった。国内の「小ヒトラー」批判もいいが、かつての歴史を反省するならばなおのこと、現在進行中の中国の「人道に対する大罪」を見過ごすべきではない。
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July 27, 2020 at 07:18AM
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