■『組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ』(著・菊澤研宗 中公文庫)
■『人類が絶滅する6のシナリオ』(著・フレッド・グテル、翻訳・夏目大 河出文庫)
霞が関でも愛読されている「溜池通信」(双日総合研究所 吉崎達彦氏の隔週発行のニュースレター)の最新号690号の特集は、「コロナ対策に見る『失敗の本質』」である。評者もこのコラムで何度か紹介した「失敗の本質」(野中郁次郎他著 ダイヤモンド社刊1984年、中公文庫1991年8月)を、吉崎氏は今こそ読み返すべき、としている。この本は、日露戦争という過去の成功体験に過剰適応した結果、日本軍は失敗を回避できなかったと分析する、日本型組織についての古典だ。吉崎氏は、この本を今読み返していちばん心に刺さるのは、日本軍が「短期決戦」思考だったという指摘だという。
評者が思うに、戦闘場面でも、このコロナウイルス感染対策の現場でも、様々な過誤・試行錯誤が生じることは不可避だ。ただ、「失敗」に陥らないためには、それをできるだけ少なくするということが重要だ。そのためには、自分たちの組織の陥りやすい陥穽を学習して戒めていかねばならないのだ。
いかに組織を迅速に自己革新できるか
今回の対応の中で、未だに伝染病に関する報告がファクスで行われ、東京都では、対策の基本となるべき感染者数の集計にミスが生じたことが報道されている。これは典型的な事例だが、このようなやり方はまずいと現場はすでに気づいていたと思うが、平時には、このファクスでの報告体制を変更するのに必要な調整の手間・コストにしり込みして、改善を先送りしていたということだと思う。
これには、「失敗の本質」とは違った視点ではあるが、「組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ」(菊澤研宗著 中公文庫2017年、ダイヤモンド社刊2000年11月)の単行本が刊行された際に読んだ強い印象を思い出す。人間の合理性が限定的であることが不条理を生み出すと喝破した名著である。
特に、第7章の「不条理を回避した硫黄島戦と沖縄戦」は必読だ。この2つの戦いまで、日本軍は、日本軍の最上位にある大本営から指導された戦術で、元寇以来の伝統のある「水際配備・水際撃滅作戦」(敵を水際でたたき打つ)で米軍に対処した。しかし、それへの対応を十分に研究しつくした米軍には、まったく通用せず、惨敗を繰り返した。
硫黄島戦を日本側視点で描いた映画『硫黄島からの手紙』(監督:クリント・イーストウッド 2006年公開)は、硫黄島の日本軍守備隊の司令官、名将栗林忠道陸軍中将を渡辺謙が熱演したが、この栗林は、大本営の指導に反して、「縦深配備・持久作戦」(敵の上陸を前提とし、洞窟陣地を基礎として組織的に火力を用い敵を攻撃する)を採用して、米軍にあたった。大本営も、「本土決戦に時間的余裕を確保する」という戦略からの合理性を認めて黙認した。迫りくる米軍の脅威の中で、調整コストが劇的に低減したのである。硫黄島戦、同じ戦術を採用した沖縄戦により、米軍の本土攻撃を遅らせ、米軍に「日本軍恐るべし」を実感させたというのだ。
痛ましい犠牲を決して忘れてはならないが、著者は、日本軍は不条理に陥り続けることなく、合理性と効率性を一致させる方向で進化したとする。今回のコロナウイルス汚染対策でも、現場の気づきを大切にして、自らの組織の弱点を自覚しつつ、いかに組織を迅速に自己革新できるかが、もっとも肝心なことだろう。
ウイルスにかなり油断していた日本人
また、コロナウイルスに関連しては、「人類が絶滅する6のシナリオ~もはや空想ではない終焉の科学」 (フレッド・グテル著 河出書房新社2013年9月、河出文庫2017年10月)も参考になる。邦訳の題は、本来の読者を引かせてしまうと思われるが、英語の原題は、「THE FATE OF THE SPECIES ~Why the Human Race May Cause Its Own Extinction and How We Can Stop it」(拙訳:種(しゅ)の運命~人類が自らの絶滅を引き起こしかねない理由と、その止め方)というものである。進化論で有名なダーウィンの古典「The Origin of Species」(種の起源)を連想させる題で、サイエンスライターのまっとうな著作だ。
本書刊行当時、哲学者の萱野稔人氏は、朝日新聞の書評(2013年11月24日付)で、本書が描いているのは、「人類が自らの利益のためにしていることが、その意図に反して地球に災厄をもたらし、その結果として引き起こされる人類の絶滅である」とし、「とても読みやすい科学の本だが、投げかける問いはすぐれて哲学的だ」としていた。
「第1章 世界を滅ぼすスーパーウイルス」は、現在、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーとして提言を行い、在籍する東京大学医科学研究所で新型コロナのワクチン開発にも取り組んでいる河岡義博教授の鳥インフルエンザの研究を導きとして叙述がなされる。「インフルエンザウイルスには現在、過去の時代とは大きく違った可能性が与えられている。以前ならありえなかったような大きな被害を人類にもたらす可能性を秘めているのだ。そういう時代になってからまだそう時間は経っていない。ウイルスの可能性は宿主となる生物の生き方に大きく影響される」との指摘にはハッとさせられる。
「第5章 迫りくるバイオテロリズム」も、21世紀に入り、ますます進歩するバイオテクノロジーが、「悪」にも利用される可能性を赤裸々に描く。
著者は、終章で、「私がこの本を書くにあたって話を聞いた科学者、あるいは科学の関係者のほとんどは、ウイルスこそが人類にとって最も切実な脅威だと信じていた」という。
我々日本人は、ウイルスというものに対してかなり油断していたと思う。幸いにも、新型コロナウイルスは、それ自体で人類を滅亡に追いやることはなさそうだ。しかし、これを日本社会の記憶・教訓としていくことに今からこころする必要があると思う。
経済官庁 AK
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May 21, 2020 at 10:37AM
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