2022年12月、カナダで生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催された。
REUTERS/Christinne Muschi
現代は「第6の絶滅期に入った」とも言われている。
世界では、これが経済安全保障とも大きく結びついている問題として認識されつつある。
各国政府は2022年末、豊かな生態系を支える「生物多様性」の損失を止め、回復に向かわせるとの国際枠組みに合意した。これを受けて、日本は2023年3月末、新たな生物多様性国家戦略を閣議決定している。
かつて国立環境研究所で熱帯林を研究し、現在は企業のサステナビリティコンサルティングを行うレスポンスアビリティの代表取締役を務める足立直樹さんは
「世界的な方向性が決まったのは大きな出来事で、ビジネス界では企業の事業活動が与える生物多様性への負荷を減らそうという動きが加速しています」
と話す。
「大事そう」なイメージは理解できる一方で、なぜ重要なのかまで問われると分かりにくい「生物多様性」の現状と課題について、生態学とビジネスの動向の両面に詳しい足立さんに聞いた。
生物多様性に関する政府間組織の報告書より抜粋。評価対象の生物種のうち、かなりの部分は絶滅危惧種で全体的な傾向は悪化している。絶滅速度は過去100年間で急上昇している
出典:IPBES生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約日本語訳、図題はビジネスインサイダージャパンにて一部改変
生物多様性の経済価値は44兆ドル
足立さんは
「人間は、水や食料、医薬品などさまざまな恩恵を自然から受け取っており、世界経済フォーラム(WEF)は、生物多様性がもたらす経済価値を44兆ドルと試算しています。人間は、こうした自然からの恵みに、いわば“ただ乗り”している状況なのです」
と解説する。
インドネシアで食品や石けんなどに用いるパームオイルを生産するためにアブラヤシが多く植えられ、オランウータンなどの住む森が破壊されたり、ヨーロッパウナギが絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関するワシントン条約の付属書に掲載されウナギの国内供給量が大幅に減ったりするなど、生物多様性に負荷を与える経済活動のあり方が問われることが多くなっている。
インドネシアのパーム油のプランテーション。
REUTERS/Willy Kurniawan
「企業が生物多様性に対してきちんとした配慮をしないことは、大きなビジネスリスクになるという認識が広がってきました」(足立さん)
WEFが2023年1月に発表した報告書は、次の10年間における10のリスクとして、気候変動の緩和の失敗や、自然災害と極端な気象現象、生物多様性の喪失と生態系の崩壊など、環境関連のリスクを6つ挙げている。
2023年2月24日、企業の生物多様性への取り組みについて話す足立直樹さん。足立さんはこの分野での第一人者だ。
撮影:川口敦子
報告書は「生物多様性の喪失と生態系の崩壊は今後10年間で最も早く悪化するグローバルリスクの1つとみられる」としており、足立さんは「一連の環境関連の課題には、同時に取り組んでいく必要があります」と話す。
足立さんは東京大学大学院で生態学を専攻し、博士号を取得した元研究者だ。
大学院を出た後、国立環境研究所に所属していた際に、調査で3年間滞在していたマレーシアの森林がものすごい勢いで開発されていく様子を間近で目撃した。その経験が、2002年にコンサルタントとして独立するきっかけとなった。
足立さんは「当初は、国内で生物多様性という言葉を知っている企業人はほとんどいなかったし、保全の必要性はなかなか理解してもらえませんでした」と振り返る。
しかしこの動きは、近年加速している。足立さんも、人間の日々の暮らしや企業の事業活動が生物多様性に負荷をかけていることが知られるようになってきた実感を抱くようになったという。
生物多様性対処が経営課題に
生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)の様子。
出典:UN Biodiversity
2022年12月には、国際的に大きな動きがあった。
各国政府がカナダ・モントリオールで開かれた生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で、生物多様性に関する新たな国際枠組みを採択。2010年に名古屋市で開催されたCOP10で採択された「愛知目標」に代わる新たな国際目標として、各国の生物多様性関連政策を方向付けるものが誕生した。
開催地にちなんで「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」と名付けられた新たな国際枠組みは、2030年のミッションとして「生物多様性の損失を止め、反転させ、回復軌道に乗せるための緊急の行動をとる」ことに合意。具体的な行動目標として、2030年までに陸域と海域の少なくとも30%を保全、管理することや、同年までに侵略的外来種の導入率・定着率を少なくとも半減させることなどが盛り込まれた。
足立さんは
「今回、新たな国際目標ができたのは大きな出来事ですが、私は今回の合意文書に、ビジネス界、特に大企業や多国籍企業、金融機関に対して、生物多様性への影響を評価し、その情報の公開を促進する文言が入ったことを重要視しています。
今後、企業にとって生物多様性への対応は重要な経営課題の1つになるでしょう」
と強調する。
2021年には、企業が生物多様性への影響評価や情報開示をするための組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が立ち上がるなど、「既に動き始めている企業や金融機関は多くあります」(足立さん)。
足立さんが特に注目しているのは欧州連合(EU)の動きだ。
「EUでは、2022年から段階的に、EU域内の金融商品や企業を対象に、気候変動や生物多様性など6つの環境目標に照らした情報の開示が義務化されています。
これはあくまでEU域内のルールではありますが、例えばEUの金融機関が日本企業の株式を扱っている場合、その企業に対して気候変動や生物多様性に配慮しているのかどうかを尋ねることは大いにあり得ます。EUはお金の流れを変えようとしており、日本企業も無関係ではいられません」(足立さん)
国内でも、TNFDフォーラムに加入する企業や森林再生を支援する金融機関は一定数存在するものの、生物多様性の保全はまだ大きな潮流になっていない。
足立さんは、日本の食料自給率がカロリーベースで38%(2021年度、農林水産省による)と低く、海外に頼る部分が多いのにもかかわらず、輸入された食品が生産国でどの程度生物多様性に負荷を与えているのかを検証する仕組みが整っていないことが気がかりだという。
代表例としてあげるのは、日本人になじみが深い味噌やしょうゆの原料となる大豆だ。大豆の自給率は、食料油としての利用も含めると近年6~7%で推移している。
「原料の多くは海外から輸入されているものの、認証原料※を使うと明言している企業はほとんどなく、多くの国内企業は海外の複雑なサプライチェーンを追えていません。
原材料の調達から製造、物流、販売までのサプライチェーンで、どの程度の負荷がかかっているのかを調べ、開示することがこれから求められるというのにです」
※国内では2023年3月に、正田醤油が日本で初めて大豆に関する国際的な認証であるRTRS CoC認証を取得したと発表。
足立さんはこう指摘する。
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