6月7日(米国時間)からスタートした米Appleの開発者向けカンファレンス「WWDC」に歩調を合わせるようにして、Apple Musicのロスレスオーディオと空間オーディオ対応が始まった。すでに日本でもサービスが開始されており、各メディアから指南書のような格好の記事が出ているところだ。
アプリの設定などはそちらの記事を見ていただくとして、本稿ではもう少し掘り下げて、ロスレス配信を楽しむための「現実的な解」を探してみたい。
まず状況を整理してみよう。空間オーディオのほうは、Dolby Atmosエンコードされた音源が配信される。これはH1およびW1チップを搭載したApple製のAirPodsシリーズか、Beatsの一部の製品、または世代限定されるがiPhone、iPadの内蔵スピーカーで聴くことができる。
一方、非可逆圧縮によるデータ損失がないロスレス(Lossless)の方は、今のところワイヤレスで聴く方法がなく、ワイヤード(有線)接続するしかないことが分かっている。方法はいろいろあるわけだが、順当に考えれば近いうちにロスレスオーディオのストリームを直接受信して再生する、HomePod的なスピーカーが登場するのではないだろうか。ロスレスだけでなく空間オーディオにも対応するだろうから、AmazonのEcho Studioみたいなものになるという予測は成り立つ。
ワイヤレスイヤフォンのロスレス対応は、現状のBluetoothベースの接続では帯域が足りないことから、難しいことになる。ハイレゾ相当の音質が伝送できるコーデックにはソニーのLDACや米QualcommのaptX HDおよびaptX Adaptive、韓国SamsungのScalable Codecなどがあるが、これらは非可逆圧縮を伴うので、ロスレスではない。それでも従来のAAC伝送よりマシなことは間違いないが、ロスレスとは違う文脈の話であることは頭に入れておきたい。
将来的にはBluetoothの帯域も上がるかもしれないし、Wi-Fi伝送を使ってワイヤレスを実現するという手もないことはないだろうが、まだ当分先の話になるだろう。従ってこの時点ではあまり散財せず、手持ちの機材を使ってロスレスを楽しみ、Appleの次の一手を待ちたいところだ。
ロスレス配信の本質
Apple Musicの配信で初めてロスレス配信というものを認識した方もある程度いらっしゃると思うが、これは何もAppleが最初ではない。すでにAmazon Music HD、Deezer、OTOTOY、TIDAL、mora qualitasといったサービスがロスレス配信を行っており、2021年後半にはSpotifyも対応する予定だ。対応が見えない大手はもはやYouTube Musicぐらいで、むしろAppleのサービスインは後発組といっていい。
ロスレスとハイレゾの関係がゴチャゴチャしてよく分からないという方もいるだろう。Apple Musicでのロスレス配信を例に取れば、「ロスレス ≠ ハイレゾ」ということになる。それを理解するには、まずデジタルミュージックの基本となった、CDクオリティーから確認していこう。
CDに収録されているデジタルデータは、44.1kHz/16bitである。これはメディアに入れるための規格としてこのフォーマットに決まったわけで、音楽制作時のデジタルレコーディングでは、もっと高レートのフォーマットを使っている。時代によって変遷があるが、過去多く使用されてきたのは、48kHz/24bit、96kHz/24bit、192kHz/24bitといったところだろうか。ざっくりいえば、数値が大きくなるほど高音質ということになる。
Apple Musicで配信されるロスレスデータには、44.1kHz/16bitから192kHz/24bitまでいろいろある。44.1kHz/16bitならCDをそのまま聴いてるのと同じということになるが、圧縮配信よりはマシ、という考え方である。
じゃあハイレゾってどこからどこまで? という話になるわけだが、JEITA(電子情報技術産業協会)の定義によれば、48kHz/16bitまではCDクオリティーとみなし、それ以上をハイレゾと定義している。
このため、Apple Musicのロスレス配信には、CDクオリティーのものもあればハイレゾのものもあるといった、混在状態となっている。一例としてピーター・ガブリエルのアルバムで調査したところ、「1」が44.1kHz/16bit、「2」がロスレス配信なし、「3」「4」「So」が96kHz/24bit、「Secret World Live」が44.1/24bitと、ものの見事にバラバラである。ただ、わざわざロスレスの楽曲を探さなくても、大抵のものはすでにロスレス配信となっており、その点では非常に展開が早いといえる。
ロスレスを聴くための現実解
ロスレスオーディオを聴くぞ、ということで最高音質である192kHz/24bit対応を目指すのも悪くないが、そこまで高レートの曲は多くない。
例えばアリアナ・グランデやテイラー・スイフトといった現役人気アーティストの最新アルバムでも、48kHz/24bit程度である。そもそもオーディオ装置の再生能力が48kHz/24bit止まりだったとしても、192kHz/24bitのデータが聞けないわけではない。クオリティーが出ないだけである。そんなに気張らなくても、もっと手軽に考えていいはずだ。
そんな話を踏まえた上で、もっと気軽にロスレス配信を聴く方法を検討してみよう。音楽は最終的にはイヤフォン、ヘッドフォン、スピーカーなどから音として出てくるわけだが、それらの機器は全て「アナログ」である。こうしたアナログ機器はロスレスとどう対応するのか、という話になる。
今に至る「ハイレゾ」は2013年頃から徐々に製品が出始めたわけだが、当時のイヤフォン、ヘッドフォンでもハイレゾ対応かどうかが明記されているものが多かった。しかし昨今は、あまり明示的にハイレゾ対応なのかどうかを表示しない製品が多いようだ。
書いてなければハイレゾが聴けないかというと、そういうことでもない。ハイレゾデータもCDデータも、アナログ信号になってしまえば、しょせんはただの電圧・電流変化でしかないので、きれいに線引きができない。そのためにアナログ装置では、日本オーディオ協会の基準として、40kHz以上が再生可能かどうかでハイレゾ対応かどうかを決めている。JEITAの表でいうと、黄色い部分である。
じゃあ黄色い部分よりも下で、JEITA的にはハイレゾとされている部分に対応するアナログ装置はどうなるかというと、それは「ハイレゾ対応」と明示されていないアナログ機器でも楽しめる可能性は十分にある。
そこで皆さんに探してほしいのは、その昔2000年代初頭にイヤフォンブームがあったと思うが、そのときに買った高級イヤフォンである。机の引き出しとかに眠っていないだろうか。
ケーブルが錆びたりイヤーチップがダメになってるかもしれないが、ShureやUltimate Earsといったブランド品なら互換パーツはたくさん出ているので、リフレッシュは難しくない。ハイレゾ以前の製品でも、当時はプロミュージシャンがステージモニターとして使ってきた実績のあるイヤフォンで、応答性の良さも折り紙つきだ。
当時これらの製品は、メイン再生装置がiPodだった。当然ロスレスではなく、MP3やAACの圧縮音源でしか聴いたことがないわけである。かつて5万円ぐらいしたはずの高級モデルを今ロスレスで聴くとどういう音なのか、全然ダメかもしれないが、今でもイケるならめっけもんだ。
古いイヤフォンももう一度きちんと聴き直して評価してみるのは、意義のあることである。
さて現代のプレーヤーとして一番手軽なのは、iPhoneということになるだろう。ご承知のように今のiPhoneにはアナログ端子がなく、Lightning以外のイヤフォンを直結できない。そこでLightning対応のDAコンバーター(DAC)が必要になる。昨今はポータブルアンプもこなれてきて、1万円台からハイレゾ対応製品があるようだ。
歴代のiPhoneをお持ちの方なら、アナログ端子がなくなってしばらく標準で付属していたヘッドフォンアダプターがあるはずだ。あれは48kHz/24bitまでなら変換できるので、多くの楽曲で十分対応できるはずだ。iPadはモデルによってイヤフォン端子があったりなかったりするのだが、イヤフォン端子があるならこれも48kHz/24bitまで対応できる。
もう一つの選択肢としては、Macで再生するという手がある。Macはいまだにアナログ端子を廃止しておらず、イヤフォンをつなげばかなりの高ビットレートまで聴くことができる。
設定アプリの「Audio Midi設定」では、イヤフォンをつないだ状態で96kHz/32bitまで対応しているのが分かる。ただ、Mac内蔵のアナログアンプのスペックが公開されておらず、どれぐらいの特性なのかが分からない点はご留意いただきたい。
192kHz/24bitまで保証された機器で聴きたいというのであれば、USB接続のハイレゾ対応DACがある。昔はかなり高かったが、今ではポータブルアンプと同じく1万円台から製品があるようだ。上を見ればきりがない世界なので、ロスレスがどんなものなのか、まずは勉強として価格のこなれたものを買ってみるのがいいだろう。
従来のAACとロスレスの違いが分からないからといって、それは恥ずかしいことではない。世の中にはHDと4Kの見分けがつかない人だってたくさんいるのだ。音の違いなど、なおさらである。高いものを買えば分かるかもしれない、と考えがちだが、オーディオは10倍高いものを買っても音が10倍良くなるわけではない世界である。自分の資質をわきまえた投資をするべきだ。
そもそもわれわれの最終目的は音楽を心地よく楽しむことであって、ハイレゾデータをモニターすることではない。人の好みは千差万別で、それは対応周波数レンジやダイナミックレンジだけでは決まらないものである。
今の段階では、まずは普段聴くものがCD以上の品質になったことを喜びつつ、リーズナブルな方法をいろいろ試してみるというのが、心地よい楽しみ方というものだろう。
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