自然や風景をいかに回復・再生させるか、「リジェネラティブ」の時代を象徴する新しいビジネスや、そこで奮闘する仕事人の思いに迫る本連載。第3回は岡山県西粟倉村の「森のうなぎ」を取り上げる。豊かな森林を無駄なく生かし切る循環モデルが地域経済を潤し、自然環境の再生に役立っている。そこに至るには、数々の苦難と思いを持った仕事人たちの活躍があった。
鳥取県との県境に位置する岡山県西粟倉村は、人口1400人余の小さな山村である。ここの特産品の一つに「森のうなぎ」がある。菓子や置物の類ではない。れっきとしたニホンウナギである。道の駅では「森のうなぎ」と書かれたかば焼きの冷凍パックが売られ、オンラインショップやふるさと納税の返礼品にもそれらが並ぶ。「森のうなぎ」は、西粟倉村産のウナギを西粟倉村の職人がさばき、手焼きでかば焼きにした逸品である。
森のうなぎという商品名からは、「豊かな森に囲まれた川で捕れた天然ウナギ」を想像するかもしれないが、そうではない。陸上で育てられた養殖ウナギで、しかも養殖の場所は廃校になった小学校の体育館である。4つの円形プールが設置された体育館の中の養殖場に森の印象はない。
それでも、森のうなぎという商品名に偽りはない。文字通り、森から生まれたウナギだからだ。そして、その誕生の背景を見ていくと、森のうなぎが森の再生を通じて川の再生を図る、リジェネラティブな循環の要になっていることが分かる。
なぜ「森のうなぎ」は生まれたのか?
森のうなぎの養殖・加工・販売を手掛けるのは、西粟倉村のローカルベンチャー、エーゼロ(同村)である。代表を務める牧大介さんは、西粟倉村を地方創生の旗手に仕立てた立役者の一人として知られる。その牧氏の発案で森のうなぎのプロジェクトは始まった。2016年のことだ。
なぜ、岡山でも豪雪地帯として知られる山村でウナギの養殖だったのか。その発端は、実は04年にまで遡る。
この年、西粟倉村は隣接市町村との合併案を否決し、単独村として生きることを村議会で決議した。明治の町村制施行以来、西粟倉村は変わらずに一つの村であり続けたから、当然の決断だったのかもしれない。だが、かつて山村経済を支えた林業は衰退産業の象徴になり、貴重な現金収入をもたらした養蚕は日本ではほとんど行われなくなっている。山村が置かれている経済環境は大きく変わってしまった。かつてとは事情が違う中で、森林率95%の、森林以外に資源のない西粟倉村が、どうやって単独で生きていくというのか。
その答えとして村が打ち出したのが08年に公表した「百年の森林(もり)構想」だった。百年の森林構想は、50年前に植えられた人工林を、今後50年間諦めることなく手入れをし続け、美しく価値の高い、百年の森林をつくっていこう。そうして豊かな森林に囲まれた上質な田舎をつくっていこう。そう内外に宣言するものだった。
手入れをし続けるための方策として、個人に分有されていた森を村の共有財産(コモン)と捉え直し、村で手入れを請け負うことを約束した。また、この取り組みを応援してもらうため、「共有の森ファンド」を設立し、村に住んでいない人でも森林づくりに参加できるようにした。外部にも開かれたコモンとして村の森林を捉え直した点は画期的だった。
手入れの結果として得られる森の恵みは無駄なく活用し、付加価値の高い商材を開発・流通させて、経済を回す。もちろん簡単なことではないが、少なくともあと50年は諦めずに挑戦し続ける。その決意と覚悟が百年の森林構想にはみなぎっている。森に頼るしかない村の、生き残りをかけたビジョンであり、戦略だった。
森を諦めず、森から経済をつくるという宣言は、森や木に関心のある人々の目を西粟倉村に向けさせた。村は、百年の森林構想を実現していくため、09年に村出資の企業、西粟倉・森の学校(以下、森の学校)を設立。森の学校は、木材加工工場をつくり、木材を活用した製品の開発と販売を手掛けるようになった。
だが、最初からうまくいくわけはなく、売れる製品ができるまでは苦難の連続だった。ついには倒産の危機を経験するまでに追い込まれるが、床に並べて置くだけでスギやヒノキのフローリングをつくれる「ユカハリ・タイル」を東日本大震災の仮設住宅向けに寄付したことがきっかけとなって人気に火が付き、これがヒット商品に成長。ようやく経営が軌道に乗るようになった。
牧さんは、05年からふるさと財団の地域再生マネジャーとして西粟倉村に関わり始めた。最初は通いのコンサルタントとして百年の森林構想の策定に関わっていたが、森の学校の設立に際して代表取締役に就任。百年の森林構想の実現に向けた現場での陣頭指揮を執るようになった。
端材とおがくずでウナギを育てる
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