9月16日(木)のゲストは渡邉康太郎(Takram/コンテクストデザイナー)
次回のテーマは「新コモンズ入門:人類の共有地をめぐるビブリオトーク」。『WIRED』日本版VOL.42「NEW COMMONS コモンズと合意形成の未来」の発売日にデザイン・イノベーション・ファームTakramの渡邉康太郎をゲストに迎え、「ニューコモンズ」をさらに深く読み解くための推薦図書を挙げてビブリオトークを繰り広げる。詳細はこちら。
デジタル時代の最大の失敗は、自然からかけ離れてしまったことだ。マイクロチップには概日リズムがないし、コンピューターは呼吸をせず、ネットワークには肉体がない。地球上の生物にとって、これは存在にかかわるリスクになるかもしれない。頭を使って考える時間や経済活動を自然に反したオンラインの世界に押し込んでしまうのか、それとも自然に根差した方法で改めてデジタルを構築し直すのか。わたしたちは決断する必要があるのではないだろうか。
自然にはじつに多くの参加者がいる。自然の奏でる音は、人間だけがつくる音ではない。わたしたちはこの地球を人間以外の800万もの種と分かち合っているが、それらの種が世界の中でどんな動きをしているのか、ほとんど考えていない。野生動物や木などの種には、オンラインで人間に自分たちの存在を知らせたり、希望を伝えたりする術はない。人間にとって、これらの種の多くはその体の一部を加工して生まれる価値こそがすべてだ。食べられないものは忘れ去られ、おそらく思い出されることもない。だから、科学が記録している生物はわずか200万種に過ぎない。
人間以外の生物にとって、今後10年間は有史時代のなかで最も絶滅の進む期間となるだろう。同時に、最も再生の進む期間になるかもしれない。人間以外の生物はまもなく、世界で「自らの存在を代替する手段」をもつようになる可能性がある。わたしが提案するのは異種間通貨(インタースピーシーズ・マネー)をつくることだ。
といっても、柴犬のミームをモチーフとし、(現時点で)総額640億ドルの暗号通貨となったドージコインのことではない。人間以外の種が他の何者でもない存在として世界に生きていることを理由に、数千憶ドルを保有することができるデジタル通貨のことだ。人間以外の種は、自分たちの生活を改善するためにこのデジタル通貨を利用し、投資することが可能になる。そして、それらの種が求めるサーヴィス──認知、安全、成長の余地、栄養、あるいは獣医による世話──は熱帯地方の貧しいコミュニティから提供されることが多いため、人間の生活もまた改善されることになる。
通貨は、種の違いを超える必要がある。「それなら、知ってるよ。キング・ジュリアン[編註:映画『マダガスカル』のキャラクターのキツネザル]はクレジットカードを持っているし、花の手榴弾[編註:手榴弾型の陶器に土と花の種が入った商品。投げ込んだ先で容器が破裂し芽吹いて花を咲かせる]は生命をつくり出す商品だ」という声が聞こえてきそうだが、ちょっとわたしの話を聞いてほしい。
一部の経済理論家が指摘するように通貨が記憶の一形態であるのなら、人間以外の種は通貨を提供したことがないため、市場経済から見えない存在であることは明らかだ。さまざまな種を存続させるため、一般に人間と直接競合するような場合は、こうした種に経済的な優位性を与える必要がある。ランの花やバオバブの木、ジュゴンやオラウータン、それに将来のある時点では菌糸ネットワークをつくる菌根菌など、これらすべてが通貨を保有するべきなのだ。
生物のデジタルツイン
現在、異種間通貨の構築を始めるためのテクノロジーは整っている。わたしが思うに、(大地の神ガイアかどうかは別にして)生命体は時として、最も必要とするまさにその瞬間に、複雑な命を守るために必要なツールを生み出しているように見える。
モバイルバンキング、デジタル決済、暗号通貨で用いられるフィンテックのソリューションは、少額決済に正確かつ安価に対応できることを示した。クラウドコンピューティング企業は、データ主権を重視する国々でも大量データの蓄積と処理が可能であることを証明した。ハードウェアはより高性能に、より安価になった。シングルボード・コンピューター(ラズベリーパイ)、カメラトラップ、マイクロホン、その他の安価なセンサー、太陽電池によるエネルギーソリューション、インターネット接続、飛行ロボットと地上ロボット、低軌道衛星システム、スマートフォンの普及のおかげで、市場から信頼される確認システムを野生環境の中に構築することが現実味を帯びてきた。
異種間通貨にまず求められるのは、(生命体の大きさや個体群動態その他の特性によって)個々の動物、群れ、種類にデジタルアイデンティティを与えることだ。これにはさまざまな方法がある。鳥は泣き声によって、昆虫は遺伝的特徴によって、木は蓋然性によって特定することができる。野生動物は目で見て識別できることが多い。常に観察できるものもあれば、垣間見ることしかできないものもある。
例えば、ケニアとソマリアにわずか500頭が生息する珍しいレイヨウ「ヒロラ」のデジタルアイデンティティは、コミュニティレンジャーが携帯電話、カメラトラップ、ドローンで集めた画像からつくり出されるだろう。こうしたアイデンティティは、「デジタルツイン」の役割を果たす。「デジタルツイン」とは、法律面でも実際面でも、生物が必要とするサーヴィスに基づき通貨を保有し、それを放出する存在だ。
異種間通貨は、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる実験[編註:観測されない限り物体の存在は確かではないとする量子力学の実験]とよく似た考え方に基づく。要するに、人間以外の生物は確実に観察された場合にだけ、経済的な意味で存在する。キリンは一頭観察されるたびに、コミュニティ保護団体に数ドルを支払うことになる(キリンのマーキング行動が個体を確認する識別子の役割を果たす)。ある期間に新たなオラウータンが登録されると、村は数百ドルを与えられる(類人猿は顔で識別される)。探鉱者は新種の生物を発見すると、数万ドルを手にすることができる(DNAバーコーディングを利用する)。
異種間通貨は、特定の地域における人間以外の種の密集度、多様性、健全性と大きく関係する。そして、そうした局所的な性質によって、世界中に存在する資金の一部を取り崩し、それを特定の地域に割り当てることが可能となるだろう。
また、おそらく異種間通貨の最大の貢献は、得られるデータにある。種のアイデンティティを確認するため、村の周辺の低木地、熱帯雨林の外れや空き地、川沿いや泉の周辺で人間以外の生物の解像度の高いデータセットを入手し、それに対して金銭を支払わなければならない。このデータを分類し、解明し、不正行為やハッカーを阻止する必要がある。このように、異種間通貨は、まったく新しい知識秩序をもった資金調達のメカニズムとなるだろう。
「ハーフ・アース」の未来へ
異種間通貨が人工知能、ハードウェア、金融政策、動物学、そして何よりもコミュニティや倫理観にどのように生かされていくのか、正確なところは不透明ではあるものの、最初の一歩は明らかだ。
異種間通貨は現在、人工知能の発展の道筋を自然界の方に向けるために必要とされている。わたしたち人間は他の生命組織に依存しているにもかかわらず、そうした生命体を排したヴァーチャルな世界の中だけでAIシステムを発達させている。しかし、それこそが存在に関わるリスクなのだ。
ここで、現在のディストピアを改めて説明する必要があるだろう。まず、地球上の野生動物の数は1970年以降、半減した。人間と家畜動物を合わせた総合重量は、野生動物の総合重量の25倍にのぼる。1900年には、この比率は3対1だった。セメント、プラスチック、金属その他の原料の人為起源物質量は、いまや自然から生まれたバイオマスを上回る。
絶滅の危機に瀕している種は100万種にのぼる。人間は多くの野生動物を食料とすることで絶滅させた。多くの生態系では、花粉媒介昆虫の数が減り、その活動力は低下している。そして、こうしたすべての流れは気候変動によって強まり、地球の気温は着実に上昇し、火災、洪水、干ばつ、飢饉がますます頻繁に生じるようになった。
地球が温暖化する現在、少なくともメッセージは明らかだ。「温度上昇を2℃以内に抑えなければ破滅に向かう」。そして、生物多様性の問題はこれまで以上に混乱するだろう。人間以外の生物の保護とはカブトムシのことか、それとも海を漂うホッキョクグマのことか? ゾウはどうだろう? あるいは熱帯雨林は? 保護の目的は希少性か、有用性か、道徳的な理由か、それとも美しさのためか? 公平性についてはどう考えるか? 工場畜産される動物についてはどうか? どれほどの生物が存在すれば充分なのか?
現在生まれつつあるコンセンサスは、ハーヴァード大学の生物学者エドワード・オズボーン・ウィルソンが提唱する「ハーフ・アース」の未来、つまり全世界の半分を自然界に譲るというアイデアに近い。多くの主要経済大国は、国連生物多様性条約の野望を支持している。それは、2030年までに地球の30%を完全に保護し、さらに20%を持続的に管理するというものだ。この目標を達成するためには、国立公園や海洋保護区を新たに追加し、慈善家やコミュニティ保護団体が土地を購入し、農業従事者、産業界、宗教界が大規模な再野生化プロジェクトを行なう必要がある。
生命の循環を通じた資金調達
国連の「30 by 30(30年までに30%)」というアプローチに伴う問題は、人間や人間の食欲と競合せざるをえないことだ。人間以外の生物を絶滅させる最大の要因は、生息地の破壊だが、この破壊が今後鈍化する可能性は低い。人間と人間以外の生物を可能な限りうまく共生させ、それに対価を支払うためには、異種間通貨が必要なのだ。
もちろん、異種間通貨は、環境保全のために豊かな国から貧しい国へと流れる資金額が現在の100倍あるいは1,000倍にも増加するかどうかにかかっている。異種間通貨は、生命の循環を通じて資金調達を行なうことを可能とする。つまり、地球上の資金が人間以外の生物へと流れ、さらにそこから、人間以外の生物のために最大限の力を貸せる人間のコミュニティや科学者たちへと流れていくことになる。
当然、人間以外の生物は生と死を繰り返すため、異種間通貨は常に、さまざまな種の何世代にもわたって発生と消滅を繰り返す。現在、最も生物多様性に富む地域の近隣に暮らす貧しい人々には、周りの環境を保護するための経済的な動機はほとんどない。世界的には、環境保全のために年間240億ドル(約2兆6,400億円)が費やされているものの、そうした近隣地域の人々にはほんのわずかな金銭しか与えられない。一方で、世界はペットフードに年間900億ドル(約10兆円)を投じている。
1900年に16億人だった世界の人口は、2100年には100億人を超すと見られている。そして、人口増加の多くは、生物多様性に富む熱帯地方で起きている。
コンゴ民主共和国を例に挙げよう。アマゾン川流域と同様、コンゴの熱帯雨林は、地球にとって呼吸をする肺のような役割を果たしているが、同国の人口は1960年の1,500万人から現在の9,200万人へと急増し、2100年には3億6,200万人に達すると予想されている。衛星画像では森林が維持されているように見えるとしても、実際は、熱帯雨林に生息する多くの種が絶滅しつつある(マイケル・フェイによる先駆的な「メガ・トランセクト調査」を参照してほしい)。
たとえコンゴの国土の大部分が国立公園として保護され、その面積が拡大し、管理が改善され、保護そのものはコンゴとして適切な規模であるとしても、熱帯雨林の辺縁部では、コミュニティに対して適切な管理の報酬を与えて自然を再生する必要があるだろう。その点で、異種間通貨は、分割可能な仕事に対して分割可能な報酬を与えることになる。
例えば、「シュレーディンガーの猫」の実験のように人間以外の生物を観察する仕事(暗号通貨マイニングを自然界でアナログ的に行なうようなもの)に加えて、安全を確保し、フェンスを建設し、ゴミを除去し、植林し、草食動物を管理し、侵入者を排除し、森林内での狩猟採集や食料の収穫や原料の採掘から収入を獲得し、人獣共通感染症を監視し、医薬品や先端材料のためにゲノム調査を行なう仕事もある。他にも数えきれない仕事があり、それらすべてを合わせて自然再生のための壮大な仕組みが形成されている。
異種間通貨は不安定な状況の特効薬にはならない。人間以外の生物からの支払いが徐々に増えたとしても、内戦や飢饉に耐えられるとは期待できない。だが、都市のギグエコノミーのために開発された解決策によるインセンティヴ・システムは、コンゴや他の多くの新興経済国の人口の60%超を占める30歳未満の国民にとって、有利に働くだろう。この方法によって、若者たちの未来は、人間以外の多様な種の持続的な存続と、それに基づくさらなる繁栄と密接に関係するようになるかもしれない。
総額1兆ドルもの資金が移動する
では、誰がこの異種間通貨の資金を負担するのだろうか。将来的には、システムがサーヴィス手数料や投資によって、あるいは生成データの一部を再パッケージ化し、新たに登場しつつあるカーボン監査人、保険会社や金融会社、製薬会社などに販売することによって、システム自体が資金を生み出すようになるだろう。だが初めのうちは、新たな中央銀行として「異種銀行」のような機関を設立することを提案したい。地球上の人間以外の生物のためにデジタル通貨を導入し、管理する義務を負う機関である。通貨は、「ライフマルク」とでも呼んではどうだろう。生物(life)の運命を左右する(mark out)通貨であり、戦後西ドイツの再建に役立ったドイツ・マルクに敬意を表した名称だ。
わたしが提案する「異種銀行」がスイスに拠点を置く国際決済銀行のような中央銀行の分類に組み込まれるのか、それとも民間銀行となるのかは定かでない。ただ、重要なのは、この銀行が安定化と通貨政策の点で中央銀行の性質をもつこと、この銀行が発行する「ライフマルク」が世界の大部分の場所で最終的に現金として利用できるようになることだ。また、運営コストと二酸化炭素の排出量に関して、システムは透明性をもち、安価でなければならない。
「異種銀行」は、世界銀行のような多国間金融機関とは区別される。生物多様性条約が定める目標に向けて取り組むが、自然保護団体や既存の資金調達メカニズムとは無関係だ。「ライフマルク」のテクノロジーと文化は、ゼロからつくられるだろう。さまざまな個人、コミュニティ、自然保護活動家、科学者らが通貨をめぐって自律的な動きをすることが予想される。もし中央銀行の動きが遅く、あるいは業務にミスが多く、「ライフマルク」の開発に支障が生じれば、暗号通貨業者に先手を打たれ、分散的なガヴァナンス構造が普及することになるだろう。
異種間通貨には、大きな資金チャンスがある。気候変動の回復や緩和、それに産業の全面的な見直し、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が起きれば、世界の生物多様性の低い地域から高い地域へ──都市から地方へ、北から南へ──と総額1兆ドルもの資金が移動するのは確実だ。ムーアの法則がペースダウンし、月ミッションや火星ミッションといった壮大な地球外プロジェクトから得られる利益が小さくなれば、人間以外の生物の保全は、これまで以上に刺激的で直接的な機会になる。
異種間通貨に対しては、自然を監視下に置く方法だ、と批判が出るだろう。「ライフマルク」は構想からして暗号通貨による植民地支配であり、人間以外の生物に甚大な損害を与えた人間の経済活動そのもののなかで、人間以外の生物を陥れることになるだけだ、と激しく主張する者もいるだろう。
だが、そうした議論が起きるのはむしろ望ましい。人間以外の生物に金銭を保有する権利を与えなければ、自然を再生させる可能性を否定することになる。そして、「自分たちには生きる価値がある」と人間以外の生物が世界に向かって宣言できるような根本的な介入がなければ、今後10年間に人新世(アントロポセン)の最前線で何が起きるのか。そのことから意図的に目をそらすことにもなってしまうのだ。
からの記事と詳細 ( 野生生物のデジタルアイデンティと「異種間通貨」が地球の生物多様性を守る - WIRED.jp )
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