漢和辞典は将来的に「絶滅」してしまうのか――。2022年8月上旬、こんな心配の声がインターネット上に飛び交った。
きっかけは、編集者だというユーザーのツイートだ。投稿によれば、漢和辞典の売れ行きは厳しく、内容を改訂できる編集者もほとんどいないという。SNS上では「漢和辞典無くなったら困る」などと動揺する声が相次いだ。
実際、現在の漢和辞典の売り上げはどうなっているのか。改訂の予定はあるのか。漢和辞典を出版する小学館と三省堂、漢字・日本語検索サイト「漢字ペディア」を運営する日本漢字能力検定協会に話を聞いた。
漢和辞典の改訂は難しい状況なのか
漢和辞典とは、漢字・漢語の読み方や意味について説明する辞典だ。漢字の画数や部首、筆順、音訓読み、意味、語源などが一般的に記されている。紙の辞書だけでなく、電子辞書やアプリ辞書、ウェブ辞書といった形のデジタル辞書も存在する。
話題の発端になったのは、編集者だというツイッターユーザーの2022年8月1日の投稿だった。
将来的な絶滅が10年以上前から見えていて、予想された道を歩いている。既存の版が最後になる漢和辞典も多いと思う――。漢和辞典の窮状を伝えた一連の投稿は、SNS上で大きな注目を集めた。
投稿に対し、「これは大変な事態だ」「漢和辞典無くなったら困る」と動揺する声が上がる一方、「漢和辞典、小学生以来使ってない」「漢和辞典なんて高校入学時に買ったのが最後だもんな」との声も上がっていた。
実際、版元にとって漢和辞典の改訂は難しい状況なのだろうか。
『新選漢和辞典 第八版 新装版』(22年2月発売)などを出版する小学館(東京都千代田区)は8月12日、J-CASTニュースの取材に対し、次のように答えた。
「辞書の改訂にかかる費用の多くは人件費です。長期多数の人員を確保して準備するのは編集部員らの役割です。次の改訂へ向けた準備は常に行っていますが、それを本格化させるのは刊行予定の目途が立ってからとなります」
小学館によれば、辞書は一般的に「編者(あるいは編集委員)」と「編集者」に分かれているという。辞書編纂・監修に責任を持つ編者は、主にその分野の専門家が就任し、社内の編集部員である編集者は、辞書の担当編集として関わり、編者とともに辞書を作る。
具体的な刊行予定の目途はあるのか。小学館は9月9日、「現状において、『漢和辞典』では、具体的な刊行予定はありません」と回答した。また、辞典を改訂できる編集者がほとんどいないという指摘については、「編集者は高度で複雑なスキルを持った職業であり、単純に数字の大小で語ることはできないと考えています」としている。
『全訳漢辞海 第四版』(16年10月発売)などを出版する三省堂(東京都千代田区)は8月16日、「一般に辞書は、刊行後も改訂を重ねながら、より良い内容を追求して行きます」と説明。そのうえで、
「三省堂では現在、小学生向け・中学生向け・高等学校以上一般向けといったように、ほかに多くの漢和辞典を発行していますが、その多くで、編者の先生方を中心とした編集が行われてきました。多くの編者が現在も漢和辞典編纂に当たっているとお考えください」
「三省堂では現在も複数の漢和辞典の改訂が予定されており、編集部では次回改訂へ向けての準備も進められています」
と答えた。
「デジタル版の辞書に置き換えられていく流れはもはや変えようがありません」
そもそも、漢和辞典の売り上げはどのような傾向にあるのか。
小学館によれば、漢和辞典が最も売れた時期は1990年代で、2022年に至るまで下降線をたどっているという。「ここ数年でもその傾向は変わりません」とし、主要な購買層である中学・高校において、タブレット導入などにより漢和辞典を含む書籍版の辞典の採用数が減少傾向になっていることが原因の一つだと分析した。
「残念ではありますが、1980年代からの電子辞書(専用機)、2000年代からのオンライン辞書サービスの普及により、書籍版の辞書がデジタル版の辞書に置き換えられていく流れはもはや変えようがありません」
漢字を電子的に表現することは、Unicode(コンピュータ用の文字コードの規格)などによって改善されてはいるものの万全ではなく、漢和辞典をデジタルコード化することは難しいのだという。小学館は「読者のみなさまには、紙の漢和辞典をいまいちど手にしていただきたいと願っています」と続け、書籍版の辞典の購入を呼びかけた。
三省堂も同様に、2000年前後以降から2019年にかけて漢和辞典を含む辞書全般の売り上げが減少していたと回答。2020年の新型コロナウイルス感染拡大が辞書出版に大きな影響を及ぼしたとし、以来売り上げは徐々に回復しているが、コロナ前の水準には戻っていないという。
書籍版の辞書の売り上げが減少している理由について、三省堂は(1)少子化による人口減少(2)紙からデジタルへの媒体の拡大(3)教育におけるデジタル化の進展――などを挙げた。
しかし、辞書に対するニーズが極端に減ったということではなく、同様の背景でもデジタル辞書は売り上げを伸ばしていると付言している。
電子辞書よりも「紙の辞書のほうが売り上げが大きい」
2社の回答に共通するのは、デジタルサービスの拡大が書籍版の辞書の売り上げに影響していると答えた点だ。では、電子辞書による売り上げはどうなっているのか。
小学館によれば、電子辞書(専用機・WEB)は、辞書データを提供する各社で、独自の収益モデルを構築して利用者に辞書情報を提供しているという。提供各社ごとの契約は様々で一律に語ることはできず、書籍との比較もできないとするも、「デジタル化辞書の売上(版権使用料)を全体で見た場合でも、最も売れた当時の書籍版の売上にまだまだ届いていないのが現状です」と説明した。
三省堂も「紙の辞書のほうが売り上げが大きい」と答えている。電子辞書は2007年ごろをピークに売り上げが縮小する一方で、アプリ辞書の売り上げは伸びるなど、媒体による差があるという。
こうした漢和辞典の現状に、2社の辞典編集部はどのような見解を抱いているのか。また、今後どのような取り組みを行う予定なのか。
小学館は、「日本語が漢字なしには成立しない以上、その漢字や元となる漢文を知るため、漢和辞典の役割は終わりません」と見解を示した。手書きで漢字を書く際の「字引」の需要が減ったことで、書籍版の辞典が売れなくなったとしつつも、「実際には、デジタル環境での読み書きは増加の一途で、漢字を使う人は増えていると言えます」と続けた。既存の辞典をデジタルデータ化する取り組みを積極的に進めているという。
三省堂は、辞書出版の状況が変わる中でも「読者に必要とされる辞書を刊行し続けることにつきるであろうと考えております」と回答。費用がかかる純新刊の辞書の企画開発は容易ではないとするも、(1)改訂というかたちで各々の辞書を高めていく(2)デジタル化に対応してより多くの読者に利用してもらうこと――に取り組んでいるとした。
「時代と共に、紙からデジタルに変化していくのではないかと想像します」
漢和辞典の出版状況について、「漢検」を運営する日本漢字能力検定協会はどのように考えているのか。
協会は9月2日、漢和辞典の売り上げの減少について、「紙媒体としての出版物全体が減少していますので、これは漢和辞典・漢字辞典に限った問題ではないと考えます」と述べた。
漢和辞典は危機的な状況にあるのか。こうした質問に対し、同協会は、紙の辞典を手で引いて漢字を調べる機会が減り、スマートフォンやタブレットを活用する人が増えていると思うとしつつも、「いくらICT化が進んでも言葉を使って思考し、人々と意思疎通をする以上、『漢字を調べる』行為がなくなることはないでしょうし、辞典は必要とされるのではないでしょうか」と見解を示した。
「時代と共に、紙からデジタルに変化していくのではないかと想像します」。同協会が協力した京都大学の研究では、漢字書字能力は「高度な言語能力」の発達に重要であることが明らかになったという。
同協会が運営し、インターネット辞典「goo辞書」と連携している「漢字ペディア」は年間のPV数が4500万を超えているといい、「これは漢和辞典とは異なりますが、デジタルの漢和辞典のニーズを表していると言えるかもしれません」と続けた。
今後、人々にとって漢和辞典はどのように使われるのが望ましいのだろうか。
同協会は、「一概に漢字を調べると言っても、調べる人によって調べる動機、知識、置かれた状況・場面は様々です。各自が最適な方法を選択し活用できるように、時代に合わせた漢和辞典の発展に期待したいと思います」と答えた。
からの記事と詳細 ( 漢和辞典が「絶滅」してしまう? 窮状伝えた投稿拡散、心配広がる...その現状を出版社に聞いた - J-CASTニュース )
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